『俺は板金屋をやめて工務店をやる。お前はどうする?』
父からそう言われたのは、私が板金職人として父の下で修業に励んでいた20歳の時のことでした。工務店やハウスメーカーの下請けに甘んじてきた板金の世界。父はそこから一歩踏み出す決意を固め、少しずつ準備を進めていたようです。
しかし、私にとってはまさに青天の霹靂。とっさにこみ上げてきたのは、
「ひいお祖父ちゃんの代から続いてきた家業を、何でやめるねん!」という憤りでした。
この仕事をやめたくない。いや、やめてはいけない。私は必死の思いで父に食い下がりました。
どんなに説得してみても父の決意は固く、「もう決めたことや。ついてくるならついて来い。いやなら好きにしろ」と言われてしまいました。それでも小さい頃から祖父や父の職人姿を見て「カッコいいなあ」と憧れていた私は、板金屋への強い愛着を、そう簡単には捨てられません。
こだわり続ける私に、父は「それならお前がすべての責任を引き受けて、板金屋を継ぐ覚悟があるのか」と、逆に問い返してきました。
私はぐっと詰まりました。仕事もまだろくに覚えていない20歳の若造である私が、本当に会社を背負っていけるのだろうか。それは、底無しの不安の中に落ち込んでいくような恐怖感でしたが、気がつけば口の方が勝手に「やります!」と叫んでいました。
こうして無鉄砲にも程がある、20歳の社長が誕生することになったのです。
『俺は板金屋をやめて工務店をやる。お前はどうする?』
父からそう言われたのは、私が板金職人として父の下で修業に励んでいた20歳の時のことでした。工務店やハウスメーカーの下請けに甘んじてきた板金の世界。父はそこから一歩踏み出す決意を固め、少しずつ準備を進めていたようです。
しかし、私にとってはまさに青天の霹靂。とっさにこみ上げてきたのは、
「ひいお祖父ちゃんの代から続いてきた家業を、何でやめるねん!」という憤りでした。
この仕事をやめたくない。いや、やめてはいけない。私は必死の思いで父に食い下がりました。
どんなに説得してみても父の決意は固く、「もう決めたことや。ついてくるならついて来い。いやなら好きにしろ」と言われてしまいました。それでも小さい頃から祖父や父の職人姿を見て「カッコいいなあ」と憧れていた私は、板金屋への強い愛着を、そう簡単には捨てられません。
こだわり続ける私に、父は「それならお前がすべての責任を引き受けて、板金屋を継ぐ覚悟があるのか」と、逆に問い返してきました。
私はぐっと詰まりました。仕事もまだろくに覚えていない20歳の若造である私が、本当に会社を背負っていけるのだろうか。それは、底無しの不安の中に落ち込んでいくような恐怖感でしたが、気がつけば口の方が勝手に「やります!」と叫んでいました。
こうして無鉄砲にも程がある、20歳の社長が誕生することになったのです。